立ち聞きweblog

待ち合わせで相手が遅れてる時とか、何故か眠れない夜とか、通勤や通学の電車とかで流し読みして下さい。

30mの記憶

私の出身は石川県である。新幹線が開通し、旅行したい都市などでしょっちゅう名前があがる金沢ではないが、全国の住みやすいランキングの上位に位置したこともあり、金沢よりは北側に位置している。そんな私の故郷よりもさらに北の方へ車を走らせると、唯一車が走れる砂浜として有名な千里浜があり、その千里浜よりもう少しだけ北へ向うと、和倉温泉で有名な七尾市がある。

この七尾市、はっきり言って田舎である。誇れるものは美味しいお魚、温泉、自然で、東京大阪のような大都会に住む人からすれば、絶好の観光地となるのだろうが、田舎で生まれしものにとっては言わずもがなである。私自身、七尾市には仕事以外ではあまり行ったことがないのであるが、かなりの印象に残っている祭りがある。

時が変われば時代が変わり、環境も変わるものである。私、現在は京都で生活している。ここ京都で唯一の行きつけのバーでは石川出身の客が珍しいらしく、石川には何があるのとよく聞かれた。

高さ20〜30mもあろうかという飾りの付いたほとんど壁と呼べる細長い物を数十人から100人以上で持ち上げて町中を練り歩く祭りが凄い。

語彙力の乏しさを自覚しつつも知る人ぞ知る祭りの興奮を伝えたくて、行きつけのバーのマスターに石川にもこんな素晴らしい祭りがあるんだよと、ほろ酔い気分で語っていた。

全然わからへん。まず20〜30mなんかあるわけないやん。

半笑い、否、全笑いでこう返されて、スマホを取り出した。先ほど述べたが私は語彙力に若干の不安を感じたまま大人になってしまった。グーグルで何という単語で調べれば良いのかもわからぬまま、更に酔いが回ってきたのを自覚しつつ、

幅2mくらいで高さ20〜30m、ほとんど光る縦長のヌリカベなんですよ。ねぶた祭りにもきっと勝るとも劣らない。

なんて祇園祭りを30年以上経験している、祭りに関して目が肥えた大人に、まるで勝てる見込みのない勝負を挑んでいた。

30mって下手するとビルより高いで。

窓の外に建ち並ぶ、5〜6階建ての建物を指差しながら言った。酔いが記憶をすり替えているのか、私の記憶が確かならば目の前のビル群より高かった気さえしていた。それで間髪入れず口をついて出た言葉が

あのビルより全然高いんですよ。

だ。男には負けると分かっていても挑まなければならない勝負があるらしい。今がそうなのかも知れないし、違うかもしれないが、後には引けなくなっていた。そもそも負ける気なんて更々ない。画像を見せたら一撃でねじ伏せられる、そう信じ、グーグルの検索ボタンを押してびっくり。30mには程遠く足りないじゃないの。解説によると高さはせいぜい15mらしい。

マスターがお代わりのビールを入れて下さっているスキにスマホをそっと胸ポケットにしまい、画像出なかった、いつかみんなで遊びに行きたいね、と言いながらにこやかに話を終えた。

内心どうあれ、それ以上追求して来なかったマスターに心の中で軽く手を合わせて、また毎日に戻るのでした。