立ち聞きweblog

待ち合わせで相手が遅れてる時とか、何故か眠れない夜とか、通勤や通学の電車とかで流し読みして下さい。

弱気

点滅する横断歩道を早歩きするでもなく、走るでもなく、余裕のスキップで渡る2人組の中学生くらいの女子を見たときに、春の訪れを感じた。そういえば桜の満開はいつなのだろうか、もう過ぎたのか、まだなのか、日本の美しい四季の中でも王様、春を意識することすら忘れるほど、ヒッシリと張り付いて離れない疲労とここ数週間お付き合いしている。夜は眠れないわけじゃないし、温かい湯船にも週5で浸かっているのだが、気づいた頃にはねっとりとした厄介な疲労がミルクレープやバームクーヘンのように何層にも折り重なっている。特にひどいのは背中、次にひどいのは肩から首にかけてで、座ってパソコンを打つ作業をこなさねばならない私には、今は春ではなく張るで、この状況が針のむしろなのだが、むしろ背中に針を刺してもらいたいものである。


減らしなさいの一言は、頭に塩分や糖分が付くと、お医者様からの忠告だと思って大切に心にとどめるし、お酒やタバコの量が頭に付けば、同居人彼女が長生きしてねと暗に示しているのだと思って愛を感じるのだが、会社のお上からの残業減らしなさいは、ポジティブに考えれば試練、ネガティブに考えれば仕打ちである。肉体の疲労が溜まれば心の疲労も溜まるもので、そうなるとポジティブには考えられなくなるものである。


疲労の主な原因がこれであることに違いないが、これを言い訳に、ここ最近体調が優れない同居人彼女ばかりに家事をさせるわけにはいかんだろう、さらに自分に課したノルマを緩めることもいかん、かと言って仕事の手を抜くのもカッコ悪いと変なプライドや意地が邪魔して無茶言うなの一言を飲み込んだのが間違いだったのかもしれないと、後悔の日々を送っているのだが、残業隠すために早朝に出社していたのを、上司にはお見通しで、耳元でお疲れさん、朝の分こっそり残業付けといてやると言われたときには、褒められるより労われたい私には最高のガソリンになったのは言うまでもない。


もう少し頑張るとしつつ、まんまと犬にならぬようせめて人面犬で留まれるタイミングをしっかりと見極めようと心に誓いながら、背筋をピンと伸ばして眠るとします。それでは。