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立ち聞きweblog

待ち合わせで相手が遅れてる時とか、何故か眠れない夜とか、通勤や通学の電車とかで流し読みして下さい。

渇きを癒す通り雨、甘酸っぱい恋とほろ苦い失恋と

外に出ると同時にしとしとと降り出した通り雨は、普段であればチッと舌打ちし、神様に届かない程度の小声で悪態をつくのであるが、今日だけは私の渇きを潤すための天からの恵みであったに違いない。


若い女子が二時間並んででも食べたいというスイーツには全くと言っていいほど魅力は感じないし、それならば最近品薄のカルビーポテトチップスか、私にとってのソウルフードゴーゴーカレーが嬉しいが、数日前にいただいチーズケーキだけは別格である。フロマージュのように舌の上でとろけるタイプも嫌いでないが、いただいたチーズケーキは流行りのとろけるタイプではなく、どちらかというと昔ながらのチーズケーキでしっとりとしっかりが融合したような、サッカー選手でいうと、ネイマールよりはラウールで、スアレスよりはファンニステルローイである。


いつもはスーパーで買う量産型のコーヒー豆を使うのだが、このチーズケーキはより楽しむために、古くからやっている喫茶店の少しだけ高価な豆を挽いたコーヒーを、いつもは箱のままスプーンを突っ込むのであるが、今回は小洒落た皿で食べたくなった。


ベストコンディションでじっくり時間をかけて楽しみたいという思いは、作り手に対しての敬意も含まれるし、それを楽しみに日々頑張ろうと思うのも決して悪い事でもないだろう。二日寝かせたのが悪かったのか、はたまた引っ越しと同時に作った自慢のカウンターテーブルに置いておいたのが悪かったのか、ここ数日の温度の上昇もよくないし、ともかくいろんな条件が重なって不運が生まれたのだろう。


見た目に異変や違和感は感じなかったし、意気揚々とスプーンですくって口に運んでびっくり、パサパサに乾燥していたのである。あれだけ楽しみにしていたのに、どうしてこうなったのかと悲しさ通り越して逆に平常心である。取り乱すでも落ち込むでもなく平常心。


後に引きづらず、甘酸っぱい恋から始まるほろ苦い失恋なんかも割とさっぱり忘れるのが数少ない私のいい部分だと思っていたのだが、日をまたいでもショックが残っているのは、予想以上にダメージを受けていたようで、心がチーズケーキ以上にパッサパサなので、せめて今夜だけは甘くとろける夢を見せて欲しいと願いながら眠ります。それでは。