立ち聞きweblog

待ち合わせで相手が遅れてる時とか、何故か眠れない夜とか、通勤や通学の電車とかで流し読みして下さい。

雑記-選手の気持ち

こんな場面が高校野球部に入ってたった5ヶ月で回ってくるとは俺も「もっている」側の人間なのだろうか。負ければ3年は引退。もしかしたらあと1球で終わり。瀬戸際だが流れは今うちにある。甲子園2回戦、野球歴10年の自分にとって一番の見せ場だ。9回裏満塁、2アウトでフルカウント。9回の時点では5点あった点差が、これまでまともな当たりやフォアボール一つなかった相手ピッチャーの突然の乱れによる、四死球の連続とラッキーな内野安打でじりじりと2点差。ヒット一本で同点、長打でサヨナラ、ホームランなら言うまでもない。高校野球には得てしてこういう偶然が重なり、安全圏と思われた点差がひとつのプレーをきっかけにひっくり返ることは珍しくはない。たったのアウト3つ。このたったの3つが運命を左右することは往々にあるから面白い。

 

 

観客の声援が遠くに感じる。チームメイトの思い切っていけという言葉がやけに大きく聞こえる。空はいつもより青く、球場がいつもより狭く、そしてピッチャーの投げる球がよく見える。

 


次の一球だ。次で決めてやる。

 


きっと決め球スライダーを外角低めに…いや、渾身のストレートか。俺の後からクリーンナップが打席に入ることを考えたなら、バッテリーは一年のまだ経験が浅い俺で試合を決めたいと思っているに違いない。なめんなよと言いたい。中学校では名門で四番を打っていた俺だ。勝負強さには定評がある。足は遅いが、確実にバットに当てる技術、ミート力だけは3年を含めても決して引けをとらない。それを知ってか知らずでか、俺で勝負をかけてくるとは。ま、当然と言えば当然だが、なめんなよと、なめんじゃないよと一言だけピッチャーとキャッチャー、相手監督に言いたい。それに向こうのピッチャーはすでに120球を超えている。疲れもピークだろう。ならば確実にストライクゾーンに入れてくるはず。となればストレートか。しかし、相手ピッチャーは手元で急激に曲がるスライダーを今日の決め球にしているのはあきらか。やはりスライダーか。まてよ、そういえば監督が試合前にこんなことを言っていた。

 


「のどが渇いたなあ。マネージャー、紅茶もらえるかな。夏だけど熱い紅茶を頼む、濃いめのストレートティーでね。」

 


監督、その何気無い一言、きっと天のお告げってことですよね。勝利の女神が監督の口を使って俺にヒントをくれたってことだよな。おめでとうございます、先に言っちゃいますが、この試合に勝ってあんたを漢にしてやるよ。そういえば監督、再来年で退官でしたよね。退官祝いに伝説をプレゼントしてやるぜ、甲子園三連覇という伝説をよ。

 


…ん、ちょっと待てよ、たしかマネージャーが間違えてミルクと砂糖を入れていたような…。ならばストレートはないじゃないか。だとしたらやはり勝負球のスライダーか、いやいや、ストレートティーはストレート、これはわかる。だけどもミルクティーがスライダーだと誰が決めたか。確か相手の球種はストレート、スライダー、あとチェ…

 


ズバン!! 決め球のチェンジアップが低めいっぱいに決まったー!! バッター動けず!!

 


遠くに見える大きな白い雲がニヒルな笑みを浮かべる女神に見えた。