立ち聞きweblog

待ち合わせで相手が遅れてる時とか、何故か眠れない夜とか、通勤や通学の電車とかで流し読みして下さい。

雑記-雨と罪悪感(上)

小言を言うつもりはなかった。それで嫁の個性が死んで得するものはないとも思った。なぜあんなことを言ったのか。大したことではないかもしれないが、鋭い小言を嫁の胸に突き刺してしまったかも知れない。それに怒った小言の神がきっと私に戒めの意味で強めの罰を与えたのだろう。

 


しょっちゅう、出かけた先で鍵や携帯をどこにしまったのか分からなくなる嫁に、どのポケットに何を入れるか決めたらどうだと言ってしまった。嫁の、探すのが楽しみなの、何がどこにあるのか探すのを楽しんでるの、と冗談かどうか見分けられない真顔での返答に肯定も否定もしなかった。

 


そういえば付き合い始めた時から確かにそうだった。部屋を出て、マンションのエレベーターの前で下矢印ボタンを押したあとに、慌てて忘れ物を取りに行く嫁を見て笑っていた、言い方を変えたなら楽しんでいたし、それによって何かに遅れたとか事故ったとか損したとか、そういうこともなかったから、修正を要する必要のない個性だと思っていたし、今でもそうだと思う。個性は消さずに伸ばすものだ。だからなぜあんなことを言ってしまったのか、いまだに分からない。

 


それから2日後の晩のことである。久しぶりに夜飲みに行きたいと言うと快くオーケーしてくれたので、嫁には帰る時に特にメールもしないから先に寝ててくれとだけ言って、雨の降る夜、電車とバスを乗り継いで行きつけのバーで酒と話を楽しんだ。店を出たのが閉店の1時頃。終電はなく、タクシーを乗ろうか迷ったが、金銭面の負担が、それをためらわせたから、凍るほど冷たい雨の中、傘をさして30分歩いて帰宅した。

 


玄関が近くにつれて、頭だけ洗ってさっさと眠ろうとイメージしながらいつも鍵だけしか入れないパンツ右側のポケットに手を入れて気がついた。鍵がないのだ。落としたか、いや違う。家の玄関だ。さっき家を出る間際に鼻毛が気になって洗面所に向かう時に、一旦手にした鍵付きキーホルダーを下駄箱の上に置いた映像が頭の中で再生された。やってしもた。しかも嫁にあんな小言を言った手前、プライドのようなものと罪悪感のようなものが邪魔して、既に嫁子供が眠った我が家のチャイムとか、枕元に置かれているであろう嫁の携帯へのコールボタンが押せなかった。立ち尽くすこと数分、頭を抱えて玄関の扉の前でしゃがみ込んだのは初めての経験だ。

 

 

つづく