立ち聞きweblog

待ち合わせで相手が遅れてる時とか、何故か眠れない夜とか、通勤や通学の電車とかで流し読みして下さい。

男女間の値段の差

興味はないし、関係もないし、ネットオークションで釣り上がる人気アイドルのコンサートチケットくらいどうでもいいのだが、今流行りのナイトプールに少しばかり引っかかる。なぜ今までなかったのか、それともできなかったのか。


風営法とか条例とかがややこしいのかなと、そういうことにはなるべく関わらずのスタンスは頑なに守っているので、その手の類は何が良くて何がダメかが全くわからぬのだが、なぜ今になって夜にプールと思うのである。私が知らないだけで既にあったのかも知れないが。本当は無理やりこの話題を出したのは、価格設定について苦言を呈したかったのである。


何度も言うが興味ないし関係ないし行くこともないしどうでもいいのだが、一部ナイトプールの入場料は、何故にメンの方が2000円ほど高いのか。例えばビュッフェのように食べ放題飲み放題なら、おおよそ女子より男子の方が量を食べるし飲むし、値段に差があるのに理解はできる。


プールで価格差を設ける意図は一体どんな理由があるのだろうか。食べ放題付きなはずはないし、もちろん飲み放題付きでもないだろう。プールの水をたくさん飲むのは男子だからという理由はもっと違うだろう。


むしろSNS映えするとかなんとかで写真バッシャバシャ撮って楽しんでるのは圧倒的に女子ではないだろうか。


…なるほど、そういうことか、SNSにあげる→人が見る→宣伝になると、この効果を狙っているのかと思えば少しはわかるが、それでも納得できるほどの金額差ではない。ナンパありきでそれ狙いの女子ばかりならむしろ安いくらいだとも思うのだが、きっとナンパ禁止となっているだろう。なっていなければ価格差よりもどうかしている。


どちらにしてもやはり価格差を設けた時点でおかしいと感じるべきだと思うし、男子も男子なら女子も女子、価値を下げられて喜んでじゃないよと、相席居酒屋しかり、奢られて喜んでんじゃないよというお話である。


と言いつつも、きっとお金と元気と若さがあれば、だいたいの女子のご飯は私は奢りはするのだが、今そんなことをすればいつもそばにいる嫁に夫婦間の格差が生まれるほど怒られそうなので、この話はこれくらいにしたいと思います。それでは。

どこでもドアが好きである

本を片手に木陰でゆらゆらするハンモックに寝そべり、慣れないサングラスを掛けて、読書しているようなしてないような、蚊が増えてきそうな昼過ぎには蚊取り線香を近くで焚き、そのついでに冷凍みかんを3つ取り出し、水滴がたっぷりついたみかんをおでこに当てて気づけば陽が傾き1日が過ぎて行く。そんな時間の使い方をしたい。


美味しい桃だから、もう少しで食べ頃だからねと言われて、その食べ頃が見ても触っても押してもよくわからずに、いいのか、いいのか、食べていいのかと悩んでいるうちにネットに包まれている部分の色が変わり始めていて、見逃した食べ頃を悔やむでもなく残念がるでもなく、ほらやっぱりねとにやにやしながらかぶりつく、そんな余裕のある生活がしたい。


1日の始めがうまくいくことはとても大切なことだと思っている。験担ぎである。朝、信号をタイミングよく渡ることができ、そのまま長い赤信号の足止めをくらうことなく職場に着いたなら、1日がうまくいくような気がする。


1日3本しか吸わないタバコ、仕事の息抜きに必需品のフリスク、何となく元気になる気がするレッドブルを買いにコンビニに寄る時が最も気をつかうが、その分うまくいった時の喜びは倍である。どのコンビニに寄るのが一番ロスが少ないか、コンビニには他に客がたくさんいるか、店員はレジに何人スタンバイしているだろうか、コンビニ出た瞬間に信号が点滅したらどうしようか。


なんだかんだで信号のタイミングが良く(逆に悪く)、結局そのまま職場に着いてしまったなんてこともなくはないが、ストレスを和らげるためのものを買うために余計なストレスを溜め込むのはいかがなものかと思うのだが、私は昔から移動時間が一番勿体無いと考えてしまう。電車やバスや、たまに乗るタクシーなどについては話は別だが、自転車や車は運転に集中しなければならないし、睡眠時間に当てることも自己啓発本を読むことも、際どい水着の女子の画像で溢れるページをスマホで見ることもできない。そもそも移動時間が少なくなればすくなくなる程私はもっと幸せな気がするし、いつも私の幸せを願ってくれる可愛い嫁に、いっその事仕事辞めちゃえばいいんじゃないかとお伺いを立てたところ、目だけで殺されそうになったので、くだらないことを考えるのはやめて、早くどこでもドアができるのを願いながらさっさと眠るとします。それでは。

 

 

辛さへの挑戦は人生のメタファーである、かもしれないのである

後悔するかも知れないが、むしろ後悔を承知で、どこかで望みながらココイチでは5辛を頼んでみたくなる。辛いのが得意な人にとっては何て事ない数字だろう。かつては私も、得意とは言わずとも好きだったので、2辛から3辛、4辛へと階段を一段づつ登っていたのだが、5辛でスプーンが止まった。


別世界じゃないか。


5辛は食べられない、つまり限界は4辛か、頑張ればどうにかなると思って生きてきたし、事実どうにかなってきたことの方が多かった。辛さなんて我慢さえすれば、いつかは天に手がとどくと思っていたのは間違いだったとその時に気付かされた。嘆かざるを得なかった私を尻目に、一緒にいた友人は痛い、辛い、美味いと汗と涙と鼻水をバッシャバシャこぼしながら、私にとっては夢にすら見ないココイチのキングオブキング、10辛をペロリと平らげた。


ここで終わりにしよう。


才能の違いをまざまざと見せつけられ、(外でいろんな水分を顔中から溢れ出させるのもどうかと思うし)私は階段を登るのをやめた。


3辛くらいが丁度いい。


この頃から上に上にと、より高みを目指しての挑戦はしなくなった。家にハバネロパウダーを常駐することはなくなったし、納豆にコチュジャンを入れることも、うどんに一味唐辛子を大量に振りかけることもなくなった。戦わないことに慣れ、ぬるま湯に浸かっているのが心地良くなってしまったのである。


むしろ辛過ぎたら味わからんし、美味しくないよね。ほどほどでいいんだよね。


聞かれてもない理由がすらすら口をついて出て、本心を心の底に隠すようにしまいこみ、今の自分を正当化している。言い訳だろうと言う奴にはそう言わせておけばいいし、負け犬の遠吠えだと言う奴は放っておけばいいと、精一杯の強がりをのたまったところで、この歳において挫折からグレていたことに気づいてしまった。恥ずべきはなりふり構わずてっぺんをみた彼の様ではなく、チャレンジしなくなった私である。


もっと真正面からぶつかろう、当たって砕けるのを恐れるのはもうよそう。若さや老いなんて関係ない。生きていればややこしいことばかりだし、上等だよ、両の手を広げて向かって来るものを避けることなく全身で受けてやる。次回ココイチでは5辛にチャレンジするし、嫌なことも喜んで受け入れる。だからお願いだ。少しエクセルができるからって起動しなくなったパソコンを直せるとは思わないで欲しいのである。


不可能なことは不可能で、できないことはできないと言うことはきっと逃げじゃないよねとそう思うのであるが、これも甘えと言われたらそうなのかも知れないなあと思いながら湿度のやけに高い夜をなんとか凌いで眠ろうと思います。それでは。

記憶力と記録

妻の変則的な出勤時間に合わせていつもよりも45分早く起き、朝食のベーコンエッグをご飯に無造作に乗っけてプチトマトと一緒にかき込んだ。妻を見送って一服して、めざましテレビを眺めていたあたりから、違和感を感じている。


何か忘れている。


別に何てこともないことだったような気がするけれど、意外と大切なことのようにも思えるし、それが何だか全く思い出せない。変な事はしっかり覚えているけど、肝心な事ほど忘れるのねと、記憶力に自信があった若い頃に言われ自信ではなくただの過信だったと反省した時から、自分の記憶力の頼りなさは誰よりもわかっているつもりである。


その日からなるべくメモを取ったりスマホに記録したりしているのではあるが、最近、メモしたことすら忘れ、そもそもメモしようと思うことすら忘れている。夏の暑さか加齢か病気の類か気の緩みか、はたまたそれら全部かはわからないが、とにかく、何かを忘れていることだけを残して、肝心な部分が私の記憶から消え去った。


白のブラウスが眩しい可憐な女性からお手紙をもらったなら、それを忘れることなどまずないし、嫁の誕生日は何もせずに過ぎてしまったが、別に忘れていたわけではない。山積みのしょうもない仕事の締め切りを忘れたとしても、これほどもやもやするわけもなく、むしろスッキリと晴れ晴れするはずなのでこれも違うとなると一体何を気にしているのだろう。思い出せないものはしょうがないので、いつも通りに会社に行き、いつも通りに仕事した。


仕事中に鳴ったアラームは、確かに私が何かを忘れないようにと設定したわけだが、それが何かを思い出せないとなると、その設定も無意味で無駄となる。そのまま1日も過ぎて、定時帰宅主義の私は、拭い切れないメガネの汚れのような気持ち悪さを胸にひめたまま、夕立に怯えながら急いで自転車漕いで汗だくだくで家に着き、シャワーをサッと浴びたところでようやくそれが何かを思い出した。


嫁の帰りが遅くなるからご飯は適当に食べてねってそりゃどうでもいいわ。帰りに弁当買って来ようのアラームだったわけだが、絶対に忘れるとふんだ昨日の私は今日の私よりも私のことをよくわかっている。だが、君が思ったよりもずっと重症だったねと、過去の自分にそう語りかけるうちにだんだんと夜は更けはしたけれど、まだまだ蒸し暑いので皆様お体を大切に。それでは。

 

スウェーデン人のナンパの仕方

夕方まで続いていた二日酔いも、少し熱めのお風呂に小一時間浸かれば、汗が吹き出すにつれて少しずつ和らいでいく。いつものパターンは、行きつけの銭湯でサウナ水風呂を3ローテーションもすれば、毒素も抜けて、お風呂上がりにビールを欲するコンディションまで回復するし、この日もそうするはずだったが、天気があまりにも怪しいなと空見上げた瞬間に大粒の雨が降ってきた。ならばしょうがなしと家のお風呂に湯をためて、自慢の防水携帯持ち込んで息を吸うくらい当たり前になっているネットサーフィンを始めれば、時間が経つのも汗が吹き出すのもあっという間であった。


銭湯を好きな外国人は多いらしく、行きつけの銭湯でも、身長2mを越えようかという大柄の白人とよく一緒になる。始めてその外国人を見たときは、銭湯の仕組みがよくわからずにオロオロしていたのを覚えているが、通い始めて1年も経てば、常連のおじいさんにも負けず劣らず堂々としたもの。男同士、裸の付き合いともなれば、意識したくなくとも意識してしまうのは、少しでも外国人には負けてはならないと思ってしまうのは、島国だった頃の考え方が薄れながらもわずかにDNAに刻まれているからか、敗戦国だからだろうか。もちろん、だからと言って敵意をむき出しにする訳ではないのだが、身長2m、外国人、この時点で銭湯における勝ち負けは、言わずもがな外国人の彼。


久しぶりに行ったバーで、マスターと談笑していると、最近よく来るというスウェーデン人が訪れた。マスター、スウェーデン人、私と全員30代ではあるが、男3人、お酒で酔いが回り始めると話題は自然に女子の話になるのもまだ不自然ではないだろう。ただ文化の違いか人間性の違いかはわからぬが、そのスウェーデン人の性に対する執着がやはりと言うべきか我々とは比にならなかった。このスウェーデン人、最近失恋で傷心気味だったようだがようやく元気になってきたらしいのだが、とにかくナンパはバス停が良いと力説された。近所でバスを待つ間手持ち無沙汰と言うこともあり、バス停で30代のナンパしているスウェーデン人を見かけたらきっとそれは私の知り合いである。


好きな女性のタイプは、性に対してとにかく先手を取って来る女性で、日本人女性にはそれが足りない、スウェーデンは性に対してオープンなんだ、妹は彼氏がいるが、お互いがお互いに認めるセックスフレンドもいるんだよ、どうにかならんかねと言われたが、そんなこと言われても、俺、男子だし、奥手だしと笑って答えていたが、今度時間できた時にバス停行くと帰り際に言ったのを聞いて、何となく日本人が敗戦した理由がチラついた気がしました。それでは。

ブドウとノルマ

夏の風物詩を果物で言えばほとんどの人がスイカと答えると思うのだが、私はブドウである。と言うのも、私の出身地はブドウの産地で、幼い頃からこの時期になると冷蔵庫がブドウの箱で埋め尽くされていたものである。


だから、夏は飽きるほどブドウを食べてきたし、たまにスイカが食卓に並ぶと、まるで学校帰りに神社の裏でタバコを吸うような、もしくは人妻をデートに誘うような、少しイケナイことをしている心地にもなった、と言うのは流石に言い過ぎではあるが、それだけブドウが好きだし慣れ親しんでいたのである。


今年もその季節がやってきて、ありがたいことに実家からブドウが2箱送られてきた。我が家は嫁と二人暮らしである。きっと一箱ではブドウの良さを堪能しきる前になくなる気がして、足りないくらいならと2箱送ってくれたのだろうが、蓋を開けてびっくりである。


隙間なくミッチミチに詰め込まれたブドウは20房はゆうに超えそうである。仮に20だとして、それが二箱、1人20房を消費しなければなくならない計算である。消費期限は冷蔵庫に入れて10日前後らしいので、ノルマは1人1日2房。食べ物を粗末にすることが甘い卵焼きより嫌いな貧乏性の私にとってそのハードルはあまりに高い。


ゲームをやめない子供にゲームをやめさせる方法を聞いたことがある。1日1時間までと制限するのではなく、例えば1日3時間以上は必ずプレイすることと、ノルマを課すとすぐに飽きてやめてしまうという。もしかするとそれになるのではと危惧している。


燃えるような暑さの日も、雨で肌寒い日も、いつも私に栄養をと水分の補給をしてくれた、甘く、時に酸っぱい成長期と思春期を共にしたブドウを嫌いになってしまうのではないか。


お金のように何かのためにと貯めておけるならいいが、ブドウはそうはいかないし、いつか芽が出て花となり、また実をつけるまで育てられるほど甘くはないし、仮に実をつけたとしてもきっとそれは甘くない。これは試練である。


秋になるとブドウを名残惜しんで冬にはその姿を夢にまで見て、春には今か今かと待ちわびる、そんなブドウとのいい距離感を保ち続けるにはどうしたらいいか、そればかり考えながら、本日もブドウ1房食べて横になりたいと思います。それでは。

すっかり夏ですね

青と言えば何をイメージするだろう。夏であれば海や空が真っ先に浮かび、子供や大人関係なく砂浜ではしゃぐ姿が浮かぶ。他には、サッカー日本代表のユニフォームや、寒空の下、半袖半ズボンで遊んでいた近所の幼馴染の唇、乗り物酔いしてウップウップと何かを我慢している嫁の顔色が思いつく。そして、今まさに私のパソコンの画面は真っ青である。


明日の朝一で持って行くから仕上げよろしくね〜。


最近流行りの軽い口当たりのカキ氷のようにそう告げられたのは、既に就業時間を回った後で、パソコンの電源も落とした後であった。本当ならばその場にある一番固くて重いものを手に取って足の甲にドシンである。だが私も歳を取って角が取れたし、すぐに人と会う約束があったので、


明日朝一でやりますね〜。


こちらも軽い口調でそう返し、スタコラサッサと帰ったのが昨日。定期的に出る「更新してシャットダウン」を何も考えずクリックしたのが少しだけ引っかかりはしたが、意識の高い私は、いつも始業の30分前に会社に着くし、そこからやれば十分に間に合う、はずである。


朝、PCの電源を入れて、冷たいお茶をマグカップに注いでクイっと飲み干し、二杯目を注いだあたりで違和感を感じる。PCの画面が青一色。更新中である。はいはい、昨日のやつねと、仕上げとけよと言われた資料に一通り目を通したが、待てど暮らせど更新が終わらない。真ん中でぐるぐるしている白いやつは一体なんなんだと苛立ち始め、始業時間まで10分切ったところで、30%完了。なかなか増えないパーセンテージ。おいおい、完全に間に合わないじゃないの、これじゃ朝一どころか昼一になるんじゃないの。終業後に仕事押し付ける人が悪いとどこかで思いつつも、少し青ざめながら他の人パソコン借りて、見事にギリギリ間に合わず、軽く小言言われたのはきっと私は悪くはないと、そう思いたい。


真っ赤になった上司とは対照的にPCの画面はまだまだ青一色のままである。それでは。