立ち聞きweblog

待ち合わせで相手が遅れてる時とか、何故か眠れない夜とか、通勤や通学の電車とかで流し読みして下さい。

雑記-朝、目がさめるまで

すごく、すごく心地良い夢を見ていた。暖かな陽気に包まれながら昼寝する夢だった。何重にも重ねた羽毛布団の上で横になり、さらに何重にも羽毛布団を掛け、寝返りうつのもままならぬ、ほとんど身動きがとれない状態で、眠くて眠くてたまらない、という夢だった。うとうとする時間が極上の時間であることは多くの人と共感できる事実である。あの状態が夢の中で続いていると言えばどれだけ心地良かったか伝わるだろうか。

 


いっそのことずっとこのままでというには、あまりに贅沢過ぎるのはわかっている。だからお願い、朝、目覚ましが鳴るまででいいから。鳴るまででいいから。と、夢の中の出来事と気づいてか気づかずか、頭の中で言語化はせぬとも感覚的に心の中で何度も手を合わせ祈り続けていた。

 


極上の時間を全身で味わっている時ふとケツの右側にゴリっとした硬いものがあるのに気が付いた。怒ってやる。どなり散らしてやる。誰だ布団に石コロを仕掛けたのはとお尻の位置を変えようと身体をよじった時に下半身だけベッドから落ち目が覚めた。キンと冷えた窓のサッシが踵に当たり、無理やり極楽から地獄へ突き落とされた心地のする朝だった。夢の中で石コロだと思ったのは、眠る間際までネットサーフィンを楽しんだスマホだった。

 


片脚だけ地獄に突っ込んだとはまさにこの事ですね。

雑記-無駄を省くということ

「いきなりだからビックリしたわ。さっき風呂に浸かりながら奥田民生のイージューライダー、小野伸二のスーパープレー、鉄のフライパンの油慣らしをユーチューブで見てたんだけど、ちょっとウトウトってしちゃってさ。


手首に力が入らず、iPhoneが湯船の上でカクンカクンってなってるのがわかったんだけど、気を保つことができないくらい、眠くて眠くて仕方ないわけ。まあ防水だからもし湯の中にざぶんと落としても多分大丈夫だと思うし、バックアップもとってあるから最悪は明日朝一番に買いに行けばどうにかなるよね。くらいに思ってたんだけど、会社への連絡はどうするのって話で、まあ、それもホームページとか見りゃいいんだけどね。


っと、俺が話したいのはそんな事じゃなくて、うとうとしてるときにうっすら夢をみたの。夢の中で俺は知らないボロい小屋みたいなとこにいるわけ。で、外が何だかガヤガヤしてるし、知らない人の小屋に勝手に入ってるから出るに出られない。だけど急にお腹が痛くなってさ、もう限界だってことで隅に置いてあった壺の中に用を足したんだけど、そこで目が覚めたんだ。


一瞬やっちまったと思って浸かってる風呂を確認したけど、無色透明。良かった、やらかしてないと安心すると同時に訪れる腹痛。ヤバイヤバイってことで急いで風呂上がって、今ってわけ。というわけで御手洗い行って来ます。」

 


と嫁に言おうとしたけれど、間に合いそうになかったので、前半省略して、「御手洗い行ってきます」、とだけ伝えました。無駄を省くってこういうことで大丈夫ですかね。
 

雑記-図々しいやつ

ーケチなやつ

ー器が小さい

 

 

そんな風に言われないように出来るだけ自然体に見えるように、ふくらはぎがつりそうなくらいに背伸びしている。そんなもんだろ。なあ、男はだいたいそんなもんだろ。と周りを気にしているのは器が小さい証拠だろう。

 


株とギャンブルで家とか車とか借金せずに買ったと豪語する私より一回り歳上のスタッフが、会社に来るたび私のデスクへ寄ってきてフリスクを必ず食べる。もう習慣と言っていい。フリスクぐらいどうぞどうぞと初めに差し出したから、それに味をしめたか、朝の挨拶より先に「ください」である。「フリスクください」ではなく「ください」、尻尾のないエビフライのような、何かが欠けてる気持ちをさせられるようになってだいぶ経つ。当然ありがとうはない。

 


1日一粒のフリスクくらい全然いい。痛くも痒くもないし一粒と言わず二粒くれてやってもいいが、正直言って、ただでフリスクもらえると、当たり前になっている感じが凄く嫌なのだ。過去に一度だけ、いつもフリスクもらっているからとタブレットのガム一粒だけもらったことがある。一粒だけである。私が彼に差し出したフリスクは、控えめに、遠慮がちに端数切り捨て値引きして、どれだけ少なく見積もっても2ケースは下らない。なのにガム一粒って。

 


金額面でも心の満たされ面でも価値がまるで違う。それに想像だけど、それ、パチンコの景品じゃないのか。ガム噛んでるとこなんて見たことないんですけど。おまえの価値観どこにあるんだと言いたいところだが、先にも述べた通りが、ケチだとか器が小さいだとか言われたくないし、こんな事でギクシャクするのも馬鹿らしい。

 


嫌な思いをされず、悪い関係性にもならず、何よりケチな男だと思われないけれど、毎回フリスクが5回に1度フリスクになるくらいの、パチッと綺麗にテレマークを決められるような着地の方法はないものだろうか、誰か教えて欲しい。

 


自転車乗ってて屁をこいたら思いのほか音が大きかった時の対処法と、このフリスクレーション(フリスクめぐって溜まるフラストレーションなのでフリスクレーション)の解決策を導き出すには、秋の夜は短い。

雑記-優柔不断な夫と決断力のある嫁

優柔不断なんです。サックリと決められたら苦労はしないのです。

 


最近は溜まりに溜まり期限が近づいたTポイントの消化に忙しく、日夜ヤフーショッピングで欲しいもの探しに勤しんでいたわけです。買いたいものはフライパンと保温性のあるお弁当箱。ずっと前から計画していたにも関わらず、レヴューを見だすとハンマー投げのハンマーの如くブルリンブルリンといろんな意見に振り回され、さらに優柔不断が災いして、買い物の日なるポイントがさらにゴッサリもらえてお得だと噂の、11月11日、夜の11時45分を過ぎたのに、弁当箱が決めきれません。嫁に助けを求めたところ、瞬時にパチッと問題は何とか解決。リミットの5分前に溜まったポイントを使い切ることに成功しました。

 


結婚相手に求めることでよく言われるのが、自分にはないものを持っていて足りない部分を補えることとよく言われますが、本当にその通りですね。決められない夫のために決断する嫁。よくできた関係性だと思います。

 

 

嫁に促されて購入したのは、箱は箱でも、どでかいゴミ箱2つでしたけど。

雑記-本気で真面目な愚痴

かれこれ10数年、お金に余裕があると思ったことは一度もないけれど、断食せざるを得ないほど困ったこともまだない。だからだろうか、出世欲はなく、会社で社員になり仕事の良し悪しの影響が少ないおよそ決まった賃金をもらうのが良しとされる価値感がイマイチわからない。いいじゃないか、時給でと思うのだが。

 


そもそも、月曜日から金曜日、もしくは土曜日まで、朝の9時から夜の6時まで、曜日と時間を決めて仕事をする意味がわからない。休みは多いにこしたことはないが、休みを増やせという希望は置いといて、疲れたら休み、余力があれば時には曜日時間関係なく頑張ると。それでいいじゃないかと思うのだがどうだろう。

 


長距離が得意な人がいれば短距離が得意な人もいるし、テレビを見ながら勉強できる人がいれば深夜のラジオを聴きながら勉強する人もいる。1人としてスタイルが同じ人間はいないのに、社会はどうしてこうも足並みを揃えたがるのだろうか。

 


昔の人は昔からのやり方を、今の人にさせよう守らせようとするが、ITの普及により世界は変わった。昔なら、業者と連絡を取るやすくするために休日を合わせるという方法が効果的だったのかもしれないが、今はメールやSNSの普及の恩恵で24時間いつでもどこでも要件を伝えることができる。ならば好きな時に好きなだけ働くというフリーなスタイルの会社員がいてもいいのではと思うのだ。そうだ変わった、昔と今、人に恋する心以外全て違うのだ。

 


そんなに自由がいいなら独立しろよという言葉が耳に届くが、確かにそれが最も良い方法だろう。だけど今はそんなことではなく、今の社会では暮らしにくさを感じている人もいるということが言いたい。


 

雑記-結局楽しめない

スタッフ同士は中良さげに話しているのに、私がレジに商品を持っていくと、わざとらしいくらい無愛想で、温めを聞いてもらえず、敬語は当然使ってもらえるわけもなく、ありがとうもまた来てねの一言もない、50歳前後のくそババア店員が家から1番近いコンビニにいることがわかった。

 


それからというもの2番目に近くはあるが、距離は倍ほど離れたコンビニに行くことが増えた。正直面倒な時もある。そこのコンビニでは、オーナーと、その娘と思われる女子がレジをしていることがある。その女子はレジが慣れていないと見えて、真横のオーナーに聞きながらレジをすることがあるが、オーナーへはドブの水で傷口を洗うような冷酷なほど無愛想に、客の私には頑固な油汚れも恋に落ちそうなほどの笑顔で対応してくれる。大切なのは物理的な距離よりも心の距離だと知ってからまだ日は浅く、あの系列のコンビニは店員の質がよろしくないと思わずにはいられない日曜夕暮れ、慰安旅行とは何なのかを考えてしまうのだ。

 


私の勤める会社の場合、休みは隔週土曜と日・祝日である。年に一度、慰安旅行とやらが、貴重な休みの土曜に食い込むようにスケジューリングされるのだが、これは一体いかがなものかと経営陣に聞きたいのだ。

 


「いつもお仕事ご苦労様。今日は慰安旅行です。仕事のことは忘れて楽しみましょう。」

 


毎年同じような挨拶から始まる休日の社員旅行は、慰安とは言えなくはないか。少なくとも偉い人が指定した行き先に連絡入れて、何日も前から料理やバス、タイムスケジュールを手配して、飲み物とったりゴミ片付けたりする社員達からしたなら、給料の出ないサービス休日出勤である。楽しいのは結局のところトップだけ。となるとそれは慰安旅行ではない。

 


だから本気で慰安旅行をやるなら出勤日だろう。仕事1日をオフにして、動物園なり水族館なりに連れて行けば、そこがどれだけショボくても近場でも誰も文句はない。大事な休みを会社として出かけることほど嫌なことはない。社員のモチベーションを上げるのが目的なら休みを奪うのは良くないし、長い連休はいらないが、休みは多ければ多いほど良いと私は思う。

雑記-金で買える恋もある

木々は色付き落ち葉となり、ボーダー柄に日焼けした素足を見るとこの前まで暑くてげんなりしていたのにと夏を遠い昔のことのように懐かしむ。さんまの季節もぼちぼち終わり、新栗がうまく、鍋が恋しくなる季節でもある。すっかり秋である。

 


例えば、20,000円払って高層ビル最上階の高級レストランからの夜景をカメラに納めるよりも、2,000円支払って水族館でイルカショーの写真を撮るよりも、案外、近所の管理は行き届いているけれど、夕刻の帰宅途中の小学生や、恋に悩む女子中学生2人や、リストラされて帰るに帰れず、どうしようもなく公園にいるサラリーマンを見ることはほとんどないほどに人が少なく存続を心配したくなる公園の方が四季を感じるステキな場面を撮影できることもある。

 


対価を払えばいい思いができるとか、大きな間違いであると、薄々勘付いたのが確か高校卒業するかしないかくらいでおばけ屋敷行ってからで、断言はできないけれど、多分間違いないと気付き始めたのが20代半ばで30代になったら確信に変わった。それもこれも、経営陣の設定する価格と内容の釣り合いが取れていないと、また内容が私の好みに合わないから不満が積もるのだ。

 


断言するが、私は貧乏なだけでケチではない。感動させられるものには、渋らず金を出す。だけど、タイミングが無くてたった1度しか行かなかったし、もうすぐ切れる水族館の年パス代を返しておくれ、3分の1でいいから、悪いけど。