立ち聞きweblog

待ち合わせで相手が遅れてる時とか、何故か眠れない夜とか、通勤や通学の電車とかで流し読みして下さい。

やや乱暴な結果オーライ

自信のなさが行動に出ているのだろう。普段は2m先のアスファルトを見ながら歩くのが癖で、それゆえクソな飼い主が放置した大きな犬のフンは踏まずとも、元気ないねと言われることがたまにある。人と目を合わせるのが苦手なのも、多分、目が合うとダメな部分を見抜かれると、勝手にそう思っているのだが、そろそろ胸を張ってもいい頃だろうと思うし、もしかしたらこれをきっかけに何か変わるかもしれない。もしくは、すでに少しずつ変化が起きているのかもしれない。


さてやったるぞと、ハイクオリティ・妥協しないを心に刻んでブログを始めたとしても、最初の1週間で3本書くも次の一週間では2本となり、1ヶ月もすれば更新が滞る。得てして、ブログのほとんどはそんなもんである。生まれては消え生まれては消え、ミーハー女子のアイドルに対する儚い恋心の如く、悲しき運命となるブログが9割である。かく言う私も過去に、3本も書き終えずに葬り去ったブログが2つ程はあるのだが、そう考えると、当記事を持って100本目を迎えることができたことは、手前味噌ではあるが、大した成長である。


成長するための肥料は反省であると私は思うし、素直に悪いと認めることは大人として当たり前である。当ブログのノルマは、日曜夜〜木曜夜まで1本ずつ週5本の更新である。これは、電車通学のサラリーマンや学生が毎日読めるようにというコンセプトの1つに基づくものなのだが、本当ならば、100本目の更新は昨日だった。今週日曜はどうしても更新ができない理由があり、やむなく断念したのだが、それを踏まえても100本目は昨日。昨日のはずであった。ひどく眠かったことは言い訳にはならないし、記事を作ったにもかかわらず更新を忘れてしまっていたのは、ご愛嬌ご愛嬌とお茶目にとぼけるほど軽んじていい状況でもないように思える。ただ、更新を忘れたおかげで99本投稿済みだったことを気づけたことは、やや乱暴ではあるが結果オーライで、嫁がどこで買えるのかもわからない謎の黒豆のお菓子食べながら、ちょっと運悪いけどなんだかんだうまくいくよねと励ましてくれるので、まあそんなもんかと思いながら、100本目に思いを寄せて、確実に増え続けるお腹周りのお肉を憎んで床に伏せたいと思います。それでは。

 

ポエムとレクイエム

恋患いとはよく言ったもので、相手を想えば想うほど、病と類似したやつが心身、特に心の奥を針のようなものでチクチクと攻撃しだし、夜は寝つけずご飯は喉を通らなず、無意識でなるお腹の音に絶望を感じさえもする。親の存在が鬱陶しくて仕方なく感じる思春期のそれであれば、ましてや1番触れて欲しくない繊細な部分を1番触れられたくないお母ちゃんにベタベタ触られ、激昂したという経験がある人も少なくないはずだ。


私もその内の1人で、この歳になると、仮に横に嫁がいないとしても、恋をすることはそうそうなくなるのだが、それでも過去には酸い恋や甘い恋、ほろ苦い恋など、人並み以下ではあるがオーソドックスに一通りは経験してきたつもりである。


片想い中は特に患うものである。仮に患ってしまった場合、集中力が著しく低下して、普通ができなくなる厄介な症状が出るため、受験を明日に控える2浪目の浪人生や、これからPK戦サドンデス6人目のキッカーを務めねばならないあなたは至急症状を改善する薬を探さねばならない。

 

1番の特効薬はもちろん告白で、劇薬にもなりかねないが、良薬口に苦し、時には甘しで、俗に言うハイリスクハイリターンな、医者に誓約書を書かされるレベルのそれである。そこまではリスクを追えない、できれば症状緩和程度で構わないという場合、そんな時に私がオススメしたくい手軽で簡単でよく効く良薬が、ポエム、である。自分の思いを吐露するも良し、共感できるポエムを何度も読み返すのも可で、同じ病の友達とで作ったポエムを読み比べるのは比較的オススメはしないとしても、とにもかくにも恋をしている男子女子には試してもらいたいのだ。


喉の奥がキュッとなるような、少し赤面するくらいのポエムをテキーラのようにクイっといくとよく効くのは、そもそもポエムは前進しようとする人、負け戦でも勝ち戦でも関係なく、敵のアジト見つけて突入する人に捧げる応援歌であるからなのではなかろうか。

 

恋の辛さと痛みを和らげたいあなたに、そんなキャッチフレーズがしっくりくるポエムだが、間違った使い方はして欲しくはない。


ポエムは独身限定、既婚者には使用は適さない。なぜかと言うと、既婚者だから恋が禁止というわけではないだろうし、人間ですもの抑制が効かなくなることもあり、禁断の恋という言葉も生まれるくらいだが、そもそも既婚者にはポエムよりも、墓場に適したレクイエムがお似合いだからです。それでは。

空虚感

プレゼントにいただいた化粧水を髭剃り後に使うようになったのが大きな理由なのだが、お肌の調子がなかなかに良い。いつもというわけではないが、真冬や乾燥した日なんかは、お風呂上がりなんかにカサつくなぁと思うことがあった。それが化粧水のおかげで潤いが足され保たれしているのだろう。男もスキンケアの時代だよと昔の私と同様に、お肌の状態に鈍感なメンズに髪をかきあげながらサングラス越しに教えてあげたいくらいである。


潤ったお肌とは反対にここのところ、何かが足りず、欠けているような気がしているのだ。かわいい女子からのラブレターや、出る見込みのなかった残業代が出たところできっとそれは満たされず、何か足りない何か足りないと思いながら毎日を消化していた。


足りないそれが何かわかったのは昨日のことである。いつも通りに布団に入ったはいいが、なぜか眠れず、スマホ触ったり目をつぶってみたり、考え事をしてみたりしているうちにすっかり夜が更けていた。時計をみると2時を回ったところ。私の住んでいるマンションは寂れた商店街で、夜中ともなると20m間隔の街灯以外ほとんど明かりがなく、街に住む人が皆近所の人を気遣っているかのような静寂につつまれる。思い出した。私はとにかく夜中が好きなのである。そして夜中を観察しているときに決まって、動物園のライオンの前の小学生のようにそわそわと心が踊るのである。


今私に欠けているのはロマンである。


女子でもお金でも温泉でもなく、ロマンである。幼き日に大好きだったスタンドバイミーのような冒険が、パサパサとは言い切れないにしろ、半日置いたペヤングのような今の心の化粧水となり潤い満ちるに違いないとは思うのだが、その前にお金と時間、そして何より面倒臭いと思ってしまっているので、夜中の街を散歩する程度に留めておきたいと思います。それでは。

心配性

身体中の穴という穴からというには少々大げさではあるが、普通に生活しているだけで目から耳からいろんな情報が入ってくるのは、テレビに加えてネットやスマホが当たり前になったことが要因のひとつであることは間違いない。便利なことは間違いないし悪いことばかりではないのだが、少々いろんなことに敏感になりすぎな情報が多すぎではないだろうか。


公園は毛虫が危険だからダメ、海はクラゲがきけだからダメ、家の中はダニでダメなら一体どこで腰を落ち着けたらいいのだろう。


泥酔女子を介護するあの男子と同じで、下心無し親切心一杯の注意喚起のつもりなのだろうが、少々恐怖心を煽りすぎではなかろうか。あれだけ、あれもダメこれもダメと言われたら何もできないし、何も触れたくなくなるし、だからと言ってしょうがなく家にこもっていたら、最近の若い子は楽そうでいいわねぇという嫌味ともとれる声がご近所さんから聞こえそうだしで、近頃少しばかり、去年夏には履けていたはずのパンツ同様、窮屈に感じているのである。


とは言いながら、私も防げるものは防ぎたいと思うタイプで、なったらなった時だろうと、数日前買った半額のカキフライをパクパクほうばる友人が羨ましくはある。


小心者と言われればきっとそうなのだろうと思うし、心配しすぎで損してると言われてもそうだとも思うのだが、今週末に久しぶりに地元で美味しいお魚食べる予定だが、ほんの少しだけ不安になっているのは寄生虫の映像を見たからで、美味しいものは美味しく食べたいのだが、帰省中に寄生虫を食べてしまわぬよう気をつけたいと思います。それでは。

 

愛と残業

残業代が出るからとかそんな問題ではなくて、約束があるから、プライベートの時間を大事にしたいからお先に失礼しますと言える世代が羨ましくも思うし、少しかわいそうだなとも思うのである。そもそも会社や仕事が好きならば自らサービス残業することがあるもんだし、やれブラック企業だ、それ訴えろだなんて事はないわけで、要は愛があるかないかでその後の展開は大きく違ってしまうものである。


10年近くも昔の話だが、一度、部署内全員で夜遅くまで連日残業していたことがあった。そこそこ大きなプロジェクトで、社運を賭けたとは言わないまでも、冬のボーナスの有無に関わる、ある意味で私たちには会社の傾き具合なんかよりも重要なものであった。日々遅くまで残業で、帰る時間もばらばらで、いい加減嫌になっていたので、今日くらいは早く帰らせてもらおうと、批判覚悟で帰り支度をしていた時に、役員の一人がやってきて、皆さん、お疲れ様です。手を休めて甘いものでもと、差し入れを持って来てしまった。さあさあ遠慮なさらず、どんどん食べて、そしてもうひと頑張りですと、全員と握手する勢いで檄を入れ始めた。わかるとは思うが、ありがとうございますと差し入れいただき、当然即帰宅はさすがに無理なわけで、私にとってははっきり言ってありがた迷惑。仮にこの役員はそろそろ帰りたがっている頃だというのを見計らっての差し入れだったとしたら、なかなかの策士である。


いただいたものが缶コーヒーにコンビニのスイーツと、そこまでお金をかけていない点にも注目で、身銭を切って社員を応援するいい経営陣をアピールできて、自分ら頑張りまっす、ボス! ボスのためなら腕の一本や二本、失う覚悟ですっ! と、部下達に強制的ではなく、分度器よりも正確な90度の直立不動で言わせることができ、もしも計算していたとしたら恐ろしいなあと思うのである。もちろん、そんなことはないのだが、洗脳ってこんな感じなのかなあと、ゆるい雰囲気の会社ではあったがたまにふと当時を思い出し、そう思うのである。決して嫌いな会社では無かったが、やりたいことが見つかったからサヨオナラしたあの会社は、あの役員はどうなってるのかなあと、会社のあった方角の空を見上げて眠ろうと思います。それでは。

神が与える試練とは

何年前か忘れたが、オリンピックだか世界陸上だかのマラソンだったか長距離走だったかで、一位だったかどうかは覚えてないが、前の方を走っていたブラジルだかアメリカだかの海外の選手が、レース中に街頭で一般人に抱きつかれて転倒し、最終何位だったかははっきりしないが順位を落としてフィニッシュした珍事は、当時のニュースでよく取り上げられていたので、昨日の事のように思い出される。


この珍事の後の選手のコメントが素晴らしく、無宗教の私でも神を頼るとはこういう事だったのかと、考えさせられた。


神が私に与えた試練である。


四年に一度や、仮に一年に一度の大会だったとしても、好きな漫画やジュースを我慢して、マックに行ってもフライドポテトは遠慮して、コーラでハンバーガーを流し込みたいところだが、ここはウーロン茶でと奥歯を噛み締め、寝る間を惜しんで金メダルだけを目指してトレーニングを積んだに違いない。


一瞬の出来事で訳が分からなかっただろうし、無駄になった時間と努力を考えれば、怒って当然、裁判沙汰でもおかしくはないと思うのは私だけなのだろうか。私ならレイ・セフォーばりのブーメランフックを1発、よろけたところをミルコのハイキック、倒れたところを長州力のサソリ固めで仕上げるところであるが、この選手にとっては試練、なのだ。詳しくは知らないがきっと抱きついて来た男は不問だったのではなかろうか。


器が違うから国を代表するアスリートになれたのか、はたまた、一流選手であるから器が育てられるのかはわからないが、私も自分に課した試練である、サウナと水風呂の修行へ行って来たいと思います。それでは。

女子のご機嫌うかがい

女子の気持ちを理解するのはなかなかに難しい。


嫁と嫁の友人数人とご飯を食べに言った時、嫁に目やに的なものがついていた。家を出てから店につくまでの間に気づいてあげることができたなら、頭を悩ませることはなかったとは思う。数ヶ月前に遡るが、まったく同じ状況を経験した。この時は嫁の後輩二人とおしゃれなカフェでお茶していたときで、女子の後輩だし、ゆるい空気で楽しく話していたので、何も考えずに会話の隙間見つけて目やについてるよと教えてあげた。確かにデリカシーが無かったし、ニヤつきながら教えたのも良くなかったようで、間髪いれすにこのタイミングで言うんじゃないよと、寮母さんの如くお叱りを受けたことも、怒られたくない一心で日々過ごしている私が頭を悩ませる理由である。


いい大人の女性達がスマップから嵐、嵐からキスマイなんたらとジャニーズについて真剣に話しているのを、横でふむふむと適当に相槌だけをうちながら、どのタイミングでどんな方法で教えるのがベターなのかを考えていた。二宮君と相葉君の話題の間に目やに的なものを放り込むのは1000円に満たない手持ちで、初見の定食屋に入るようなものであまりにリスキーである。だからと言って草なぎ君と藤ヶ谷なんとか君の間に放り込むのも、決して粋とは言えない。


待てよ、そうだよ、何も言葉を発する必要なんてない、メールで伝えたらいいじゃないかと行きたくないトイレに立ち、左目下方に目やに的な何か確認しました。すぐに取られし。と目やにメールを発信した。胸を撫で下ろしトイレを出たが、目やに的なものが取られていない。カバンの中でスマホが静かに震えただけで、内容を確認されぬまま数分が過ぎ、作戦は不発に終わった。


こうなってしまっては強行突破しかないなと、キムタクは結局はありかなしかの大論争の真っ最中に目やに確認メールの画面を直接見せてようやく任務が完了したのではあるが、帰り道で回りくどい事せずに早く教えろよと、結局お叱りを受ける始末である。まったくもって女子の気持ちはわからんなあと思った少ししょっぱい帰り道だったので、まずは眼科に連れて行こうと思います。それでは。