立ち聞きweblog

待ち合わせで相手が遅れてる時とか、何故か眠れない夜とか、通勤や通学の電車とかで流し読みして下さい。

どうせなら大の字で寝たい

休みの日の昼間はどうしてああも眠いのか。雨だからとか前日遅くなったとかは経験上あまり関係無さそうではあるし、ならば好みのテレビ番組がやってないのが要因かと思ったのだが、その時間のためにツタヤでDVDを借りても気づけば首が後ろに折れて、口全開で夢の世界へ旅立とうとしてしまうのは、それが原因でもないのだろう。何かあった時のため休みの日に1本でも多くのブログを書き溜め、その分空いた時間を趣味の時間に充てたいと、近頃はそう思っている。


毎日ログインするだけでプレイせずに閉じてしまうゲームアプリをやったり、買ったはいいがちっとも肌に合わなかった本を最後まで読み耽ったり、胸張って趣味と言えるように自慢のカメラのホコリを払って京都の街並みを撮りに行きたい気持ちもある。雨の日には、執念で着物デートを敢行する若いカップルの情熱をカメラに納め、趣深い詩を添えたアイドル顔負けの写真をプレゼントしようじゃないか。晴れの日には、半袖半ズボンにマフラーとニット帽という不思議ではあるが、斬新なファッションで寺院巡りをする外国人の後ろ姿に、哀愁漂う一句を添えて観光記念にプレゼントしよう。


充実した休日を送るためにはまずやることはやっておかないと、と思うのである。ベストは何もかもを考えず、すべきことを後回しに、いろんなことを放り出して旅に出ることなのだが、そんなこともできる年齢でも状況でもなくなってきたわけだし、今はとにかく、続けることが最も大事だと思っているこのブログを書き溜めてと思ってはいるが、PCの前に座るたびに眠くなってしまってはなかなかそれも叶わず、最近数週間は週末が来ると、寝正月ならぬ寝休日を毎週もれなく送ってしまうし、夕方の定番アニメが始まって、オオ、シットと思うことが習慣のようになってしまった。


だからと言って憂鬱になるわけではないし、週明けに向けリフレッシュできているのは確かだし、こんなもんと言えばこんなもんなのだろうが、それでも今の空虚感を解決するためには時間が足りない。休日が足りないのだと思う。最近まれに聞くようになった週休3日制、これを実現すべきではなかろうか。そのために、今日の選挙はよく考えずに投票したが、本当ならどこに入れたら良かったのか、今でも悩んでいるところである。それでは。

小学校の頃の音楽室のトラウマ

小学校の頃、音楽の授業で1人ずつ歌を歌うテストがあった。その時隣に座った女子に、歌うまくないねと囁かれたのが、信憑性に欠ける新撰組の刀傷のように心に残り、今でも特定の人以外とでカラオケに行くと、上着すら脱ぐことなく部屋の隅で足組んで、好きなだけ歌いなよ俺ここで聞いてるから、あいつがギターにいないと俺歌えねーんだわ、みたいなエセバンドマンを装うことも無きにしもあらず。


ドラマや漫画のように、その女子が初恋の人となり追って追われての恋愛ゲームに発展したならば、そんなこともありましたなぁと、加齢と健康の話題ばかりが際立ち灰色の空気に染まりがちな同窓会で、色づいた思い出話もできるのだろうが、そんなうまい話があるわけもなく、恋の端っこにもひっかからない、むしろ、所謂トラウマとなっている。


思い返せば私にとって音楽の授業はいい思い出がほとんどない。うちの小学校だけではないと思うのだが、音楽室と図書室だけ絨毯が敷かれていた。上履き脱いで授業を受ける事になるのだが、当然靴下を人目に晒すことになる。物心ついた頃から女子は男子よりも綺麗だとか汚いだとかには敏感で、私は男子の中でもその辺無頓着な部類だった。無頓着ではあったが、人から笑われていると感じる空気には敏感だった。


そんなある日、いつものように音楽の授業を受けていたのだが、女子数人の様子がおかしく、しかも私に視線が注がれているようだった。皆が静かにしているときも、プスプスと笑いが漏れかけているし、銃口突きつけられながらくすぐられているような、嫌な気分で授業を受けていたのだが、どうやらその原因は私の靴下のかかと部分がすり減ってガーゼの如くスケルトンになっていたことのようだ。


その時からである。靴下の破れやスケルトンに敏感になったのは。


サッカーをしているとどうしてもつま先部分が破れがちになるが、暇さえあればチェックしてどんな小さな破れでも即縫うようになったし、普段はく靴下はどれだけ新しくとも破れてしまえばゴミ箱にインである。


幼き日の思い出に振り回されながら、今はそんなこと、大して気にもされないと思うのだが、それでも悪い習慣ではないし20年以上もそうやって生きてきたから易々とやめれるわけもない。


それなのにどうして今日、靴下の親指部分に穴が空いていたのだろうか。神のいたずらか嫁の仕業か。見つけた時は我が目を疑い自己嫌悪に陥ったし、親指がメーデーメーデー、SOS SOSと頻りに訴えているようにすら見えた。


何てかわいそうな親指や、今すぐ何とかしてやりたい。してやりたいがここは会社、始業時間回ったばかりの会社である。昼まで待てばコンビニで買えるし、その時を待とう。親指と強い誓いを交わして、できるだけ席を立たぬようその時を待った。


で、その時を迎えはしたが、結局帰宅までそのままでした、昼休みにコンビニ行くと雨で親指が濡れそうだったので。それでは。

取り留めのない日常の一場面

話題の電子タバコを買おうと思いたち、ひと月ほど前にJTやら何やらのメーカー3社のホームページに会員登録をしてたのですが、欲しいやつが全部売り切れでなかなか買えず、まるで個人情報詐欺じゃないかと疑心暗鬼になりつつあった先週木曜にやっとで注文でき、しかも最短土曜に受け取れるとなっていたのでこれは嬉しいと、ウキウキワクワク配達の時間帯を午前中にして待っていたのだが、待てど暮らせど一向にピンポンが鳴らず、サイトで購入履歴を確認すると、土曜は土曜でも1週間後の土曜日でした。


手持ちのタバコの箱の中を確認すると残り2本がコロンとしていただけなので、今週の吸い分をもう一箱だけ月曜に購入したのですが、本数の調整を考えていた火曜にタバコのサンプルが届きました。あと1日早ければ、何とも間の悪いタイミングだと、一箱の460円に軽く天を仰ぎはしましたが、仕方がないので、サンプルを会社の同僚に差し上げました。この同僚、家では禁煙していることになっているらしく、会社はじめ外でしか吸っていないらしい。


齢50も近いこの人がタバコを吸わないフリをしている理由は一つで、健康を害するとか、子供に悪影響をとか、そんなことではなく、奥さんが倹約家なのでタバコにお金を使うことでネチネチと責められるようでして。先日もついにタバコがバレた際、小遣い減らす減らさんの一悶着があったようで、今タバコがバレるとお昼ご飯が危うくなる、だから普段吸っている銘柄ではないとも言えども本当に嬉しいと何度もお礼を言われました。


そこで悪知恵働いて、ならばこんなのはどうでしょう、禁煙はしていることにして、次もしも見つかっても逃げられるようSAMPLEというシールを貼っておくのは、と提案すると、グッドだと一言残して会社のテプラ(入力した文字がシールで出てくるやつ)で会長の白い目を尻目ににいそいそと作り始めました。


できたで、これで当分は安心やわ、そう言って大量のSAMPLEシールを見せてくれたのですが、SAMPLEではなくSANPLEになっていたのは敢えて黙っておくことにしたのですが、それがバレた時にはどんな言い訳をするのか見ものではあります。


いろんな理由で喫煙者の肩身は狭くなっていくと思ったし、だからといってそれがやめる理由にならない場合が多いのは、吸ってる理由も人それぞれだからだと思うのです。やめるやめないでモメるなら、まあ、やめた方がいいような気はするが、隠れて吸うのが楽しかったりおいしかったりするんですよね。それでは。

悪しが良しに、良しが悪しにあることもある

小学校でサッカー教室に通っていた頃、鬼軍曹がいた。私の人生で初めての鬼軍曹である。上背はそこまでないが、角刈りでガッシリとした体つき。前歯の一部分が金色で金のネックレスに金縁メガネと、金のアイテム三点セットがトレードマークである。


トレードマークの一つ、金縁メガネを外しながら汗を拭う仕草が、さあこれから怒鳴り散らしまっせのサインで、瞬間湯沸器大会があれば上位入賞が期待できるだろうし、ラモスやファーガソンにも負けるとも劣らない闘志むき出し激情タイプの鬼軍曹コーチであった。小学生相手への本気のタックルは今でも正しいのかどうかは首をひねるところで、このコーチが走った後には数人の子供達が転がっているのを見るのは珍しい光景ではなかった。


幼かった私には恐怖でしかなかったが、サッカーに対してとにかく一生懸命なだけだと知っていたので、嫌いというわけではなかった。来なけりゃいいのに、早く帰ってくれ、怪我しろやを繰り返し繰り返し心の中でずっと神に訴えてはいたが。サッカー教室へ向かう道すがら、友人の一人が恐怖のあまり道端のお地蔵さんに、小学生にしては大金の100円をお供えして、どうか今日は来ませんようにと手を合わせるほどである。


このコーチからしつこいくらいに言われてきた事が、脚を冷やすな、であった。特に試合会場への行き帰りにはとにかく敏感で、季節関係なく脚を覆い隠す長いジャージを履いてないと、所構わず唾が飛んでくるほど怒鳴られたものである。


殊の外思い出話が長くなったし、大きく道を逸れそうなのでここから本題に。当時は運動後は、多分、硬くなった筋肉をほぐすという意味合いで温めろと言われてきたし、それで良しとされていたが、最近の野球選手やサッカー選手の試合後を見ればわかるのだが、今は逆に冷やす方が良しとされている。真逆である。体にいいとされている事がほんとは良くない、なんてことはもしかすると今でもそこらじゅうに存在してるのではないだろうか。


中でも私が怪しいと今睨んでいるのが、大の大人が悲鳴をあげて両手を挙げる激痛でお馴染みの足裏マッサージである。体の悪い部分が足の裏で判断できるというのは百歩譲ってまだわかるということにして、しかし、足の裏を痛みに耐えながらグイグイやると体の悪い部分が治っていくというのは、果たしてどうだろうか。痛い部分を押せば押すほど体が良くなることがあるのだろうか。


迷信の類では? 足裏マッサージ好きの知り合いに足裏マッサージについて聞かされているときに、口から出かけて止めた。私はむしろ逆だと思っているのだが、それでも痛みに耐えて解放された先に健康や癒えが待っていると思えば、本当の効果はこの際関係ないのかも知れない。つらいことからの解放感に人は魅せられているだけのように思えてならないのだが。


ここ数日、夏の疲れが出てるのか、眠くて眠くてご飯を食べるのすらもつらいので、このつらさから解放されるため、本日は早めにふかふかのお布団で眠ろうと思います。それでは。

星条旗柄な真夜中

夜が更ければ更けるほど、朝の4時が近づけば近づくほど、マックの揚げたてのポテトが食べたくなったり、分厚く熱い油がスープを覆う脂っこいラーメンが食べたくなったりすることは、多くの人には馴染みの深い経験だと思う。逆に朝起きてこれから1日が始まるという時には、こってりしたものは1ミリたりとも体が寄せ付けず、水かコーヒーで食パン1枚流し込むので精一杯。


夜中や寝る前の食事は健康上良くないとされている。されているにも関わらず、一体どういうメカニズムで体がそれを求めるのだろうか。


グーグーなるほどお腹が空いているわけではないし、まぶたも下がり気味、今必要なのはエネルギーの補給よりも休息であることは体が一番わかっているはずなのに、一体いかがなされたと言うのだろう。食べても食べても太らない年齢はとうに過ぎたし、どれだけ余分なエネルギーを体内に貯蓄したいというのか。


話は変わるが、想いを伝える手段として有効なのがメールよりも直筆の手紙であるが、夜に書くラブレター、これには大きなリスクが伴う。街はすっかり寝静まっているのにあの子のことで頭も胸もいっぱいで眠れぬ夜。届けこの想いと、マンゴープリンのようにトロトロとトロける甘みと少しだけ酸っぱい、まるでポエムのような内容だと自画自賛した一文一文が、朝起きて読み返すと、甘みを探すのが困難を極めるほど渋みと苦味ばかりの名前も分からぬ木の実のような怪文書で、自己陶酔した勢いでポストに入れなくて良かった、本当に良かったと冷や汗と手の震えが止まらないこともある。


人を狂わせるのは夜なのか恋なのかそれともこの季節のせいなのかは分からないが、不要なものを体内に取り込もうとしたり、自分の感性すらを見失わせる摩訶不思議な時間帯が存在するのは確か。そうでなければ星条旗柄のボクサーブリーフなんて買うわけがないですもの。皆様は夜の魅惑にご注意を。それでは。

ジョギングの効果

先日ようやく始まった今年の目標のダイエットの一環であるジョギングを開始して今日でちょうど3週間。体重は測ってないし数値の目安はないが、目標は穿けなくなりタンスの一部で幅を利かせるパンツ達に再び外の空気を吸わせることである。先週、痩せた? と久しぶりにあった友達に開口一番そう言われたので、効果が出はじめたのだろうか。


昔から飽き性ではあるが、決められたサイクルで物事をちまちまと続けることは好きだったし、ストイックだと呼ばれたことも何度かある。だからダイエットなんかは実は得意も得意、ライザップいらずの私なのである。


コツコツとやる人間は最後には勝つという。勝つという言葉を励みにし時にはプロテインとして栄養ドリンクとしてコツコツやって目標達成できたのならば、それが自信となり糧となり人間力になるのだと私は思う。ダイエットをせざるを得なくなったのは自分のふしだらな生活のせいに他ならないが、それでもダイエットを成功させることが、この後の人生の大きな岐路で影響を及ぼさんとも限らない。


それが初めて1ヶ月も経たずして効果が出始めたとなれば、今回はどうやらイージーなミッションになってしまったようである。週に一回約30分。この三週間で90分間走っただけでこの効果。まさにライザップいらずである…わけはない。それで痩せれば苦労はなく、むしろ逆の効果を実感している次第である。


どういうことかというと、特にジョギングを始めた次の日に感じたことだが、ひどい筋肉痛と比例するかのように高校生並みの爆発的な食欲を呼び覚ましたのである。食べても食べてもお腹がいっぱいにならず、休日は2食もしくは1食で済ますことが多いのに、その日は3食だけではお腹に溜まることもせず、合間にポテチやケンタッキーや頂き物のゼリーを山ほど平らげる一日となった。


これじゃ今まで以上に体重を増やしてしまうと危機感から、それに反省した2回目のジョギング後は食を節制したけれど、3日間は空腹との戦いで、勝ったのは最初だけで、一度甘いルートを選んでしまうとそこからは転がり落ちるだけ。幾度とあるその戦いには負けて食べ、負けては食べてを繰り返し、最終的に後悔とお腹がプクッと膨れて、はいおしまい。


そして今回が3回目。いつもの三食に加えてミスドとチョコレートを何の迷いも、心に引っかかることもなく、息を吸うくらい自然に摂取してしまい、挫折という言葉が頭をチラつきはするが、食欲との戦いは続いていく。


食欲の秋=胃袋の空きが思いの外難敵ですが、ダイエット置いといて、ご飯食べるにも金がいるので、何か商いでも始めようかと。それでは。

 

ワンピースへの熱意

グーグルにワンピースと入力して検索ボタンを押すと、女子の服よりも漫画の方が最初に出るほど、国民的な漫画となったのはもう何年も前のことだろうと思うのですが、漫画好きの割に私は少しばかりワンピースには疎いのです。


元々嫌いじゃないし、面白いと思うし、大学時代に友人の家に20巻ほどあった時は貪り読んでいました。続きが気になって友達の家に新刊が置いてあるたび、ゲームの合間や麻雀の休憩に読んでいたのですが、その友達が集めなくなってからと言うものとんとご無沙汰ではありました。


それから二十代後半まで、男子が集まるところでワンピース話が始まることはよくあったし、話についていけない私は、あーあのシーンは良かったですね、泣けるですよね笑えるですよねと愛想笑いに苦笑いでその場凌ぎを繰り返していました。


がある時、お前もしかして読んでないだろうと嘘を見破り暴かれる鈍く輝く眼光と湿らせた障子のような脆い心を破る鋭い言葉の矢が、50代の上司から飛んで来て以来、知ったかは良くないことだと学んだし、漫喫にハマりつつあった私は、ならば全巻読んでやんよと出たはいいが、既に60巻くらいになっていたことに、その時は早々と退散しました。


最近の我が家の日曜朝は、コーヒー豆を挽くことから始まりまして、テレビでドラゴンボールを見ながら、近くのパン屋で買ったシンプルな味の薄いパンと濃いめの苦いコーヒーで優雅なモーニングを堪能しつつ、その流れのままワンピースを見るというのがルーティンとなっているのですが、最近のワンピースは、朝から涙が止まらないというと言いすぎかもしれませんが、味の薄いパンが気持ち塩気が足される程度に泣かされます。


単行本を集めてしっかり読みたい気持ちはあるのですが、すでに80巻を超えているとなれば、それ相応のお金と時間が必要だし、並大抵の覚悟ではその一歩は踏み出せず、キミの熱意はその程度かねと問われたらその程度ではあると言わざるを得ないのです。


ゼロから単行本を集める気にはならないが、アニメなら見る、その程度ではありますが、今京都市役所でタダでルフィー一味の手配書をもらえると聞いて昼休みに職場をスキップで飛び出しました。京都市もなかなか面白いことをするじゃないのと貴重な休み時間を費やして手配書もらってルンルン気分で嫁の実家に立ち寄りました。というのも、嫁のお姉さんの甥っ子のユウキがワンピース好きで、少し自慢してやろうと思ったのですが、残念ながら会えず、仕方なくお義母さんに、これ、無料なんですけど、けっこう良くないですかと見せてあげたら、


あら、ありがとう、ユウキ喜ぶわ。


二つくらい会話を飛ばした答えが返ってきて、ですよね、無料ですけどへへへ、どうぞどうぞ、へへへと差し出すことしかできませんでした。中学校なのに全巻持ってるユウキに喜んでもらえるなら、その方がきっといい、ただ大ファンのユウキが持ってないとは考えにくくはありますが、それでもまあ良しといたしましょう。珍しく、近くで虫の鳴く声が聞こえるし、それがきっと私の泣き声をかき消してくれると思いますが、念のために頭まで布団をかぶって眠ろうと思います。それでは。