立ち聞きweblog

待ち合わせで相手が遅れてる時とか、何故か眠れない夜とか、通勤や通学の電車とかで流し読みして下さい。

雑記-休日出勤の代償

一昨日、6時少し前に目が覚めたとき、まだ早いが仕事に行く準備をしようと体を起こし、ベッドから降りて寝ぼけ眼でトイレの便座に座った時、今日は土曜だったと気づいた。この時の幸福感は計り知れないものがありました。


逆に昨日、ゆっくり目覚め、小鳥のさえずりが気持ちの良い朝を、ミルクにヒタヒタに浸したコーンフレークと深煎りのコーヒーで堪能したかったのですが、休日出勤だと思い出したときには、虚無感で私がひたひたでした。


人手が足りないからという押しの一手はありましたが、決して強制ではなく、出られる人はお願いしますという任意の半日出勤を、私としては珍しく引き受けてしまいました。たまには会社に貢献するのも悪くはないと思います。ただやはり、一週間のルーティンは日曜で一区切り。月曜に向けたリフレッシュに重要だったことは言うまでもないとして、かつて神は6日で地球を作り、7日目にはお休みになられたと言われています。


(それから考えると、日曜始まりのカレンダーは正しくはないと判断せざるを得なくなります。中学の頃だったかクラスで月曜始まりと日曜始まりどちらが普通かで女子が泣き出すほど揉めてたのもいい思い出です。)


つまりは日曜は神ですら休む曜日ですが、それを返上して働いて来たとならば一歩神との差が縮んだと、そう考えられるのではないでしょうか、ええ。


何が言いたかったかと言うと、まるで疲れがとれてなく、やっぱり慣れないことはやるもんじゃないと、そんなお話でした。

難しいわけじゃない女子

ヨシタケ

来週誕生日だね、フミコちゃん、おめでとう。

 

フミコ
はあ、ありがとう、ヨシタケくん。

 

ヨシタケ
どうしたの浮かない顔して。ははん、さては彼氏のミツオとうまくいってないんだろ。

 

フミコ
そんなことはないんだけど…。

 

ヨシタケ
じゃあどうしてため息なんてつくんだい。

 

フミコ
ヨシタケくんも知ってる通り、ミツオは日本で10本の指に入る大金持ち。だから、誕生日やクリスマス、2人の付き合った記念日にはブランド物のバッグや指輪、洋服やアクセサリーとか、私から言わなくても何でも買ってくれるの。

 

ヨシタケ
それの何が不満なの?

 

フミコ
その度に物はもういらないって言うんだけど、それでも彼は物で私に愛を伝えようとしてくるの。それはきっと間違えた行動だと私は思う。もしもこの先彼と一緒になろうとした時、この考えの違いはすれ違う原因になり得ると思うの。来週の誕生日でまた私に何か買ってくるようなら、私たちのことを考えなければいけないと思ってたところなの。

 

ヨシタケ
(友人としてミツオに忠告しとかねば)


ーーそれから誕生日が過ぎ…

 

ヨシタケ
やあフミコちゃん、ミツオとはどうだい。

 

フミコ
ヨシタケくん、ミツオとは別れたわよ。

 

ヨシタケ
またブランド品でも買って来たのかい。

 

フミコ
違うわ。今回のプレゼントは物じゃなかったの。

 

ヨシタケ
なら良かったじゃないか。どうして別れたんだい。

 

フミコ
誕生日の日に、超高級のレストランで、私へのプレゼントだって自作のラブソングを歌い始めたの。恥ずかしくて仕方なかったわよ 笑

 

おしまい。

 

雑記-誕生日がもうすぐ終わるが、サプライズはまだない時に読む話

今日は俺のためにありがと。俺は今が楽しければいいと思ってる。みんなだってそうだろ? 今日は飲んで食べて歌って踊って楽しんで帰ってね、と顔の前に手を持ってきて親指と小指を立て、ウインクしながら舌をペロッと出すポーズを合図に、パーティーは始まる。低音が内臓をえぐるように響く大音量の音楽を流して、プール付きの庭で一晩中大騒ぎするのだろう。


本日私は35歳を迎えました。読んで返信するだけでも半日はかかると思われるSNS、ライン、メールへメッセージをくれた一人一人に返信、さらに感謝の気持ちを歌にして、それを動画に撮って配信して、やっていることはまるでアメリカのセレブのボンボンと本質は変わらない35歳初日を迎える予定だったが、気持ちいいほど、おめでとうのメッセージは誰からも頂いていない。そもそもSNSは半年以上開いた記憶すらない。


35歳誕生日、世間の人たちはどのように祝い祝われるのだろうか。確かに、20人くらいの知人を集められたうえでサプライズのパーティーを開いてもらっても、ありがとーよりも帰りたいよーが勝るわけで、どちらかと言えば静かに乾杯の方が性に合うのは間違いないが、私から友人を祝おうなんてしたことはないし、だから祝ってもらえるわけもないのは良く分かっている。


昨日は見事に風邪でダウンして午後から半日を寝て過ごしたが、そういえば34歳最後の日だった。アラサーからアラフォーへの移り変わりだった。まあ、だからと言って憂い喜び、そして黄昏れるような性格ではないにしろ、最終日を、足がもつれて目の前のゴールテープをもがきながら、気づけば転ぶ寸前、体勢低く、額で切っているようでは、私もまだまだ。35歳の初日に花束が家に届かないわけである。

雑記-熱には優しさ

週の真ん中に向かう火曜の夕方に、少し喉に感じた違和感で察知した。これはヤバイやつだと。確実に熱が上がるやつだと。体内に侵入した風邪のヤロウとこれから闘わねばならんのかと思うと、うかうか漫画も読んでいられない。いつもなら栄養ドリンクにポカリにオレンジジュースに、その他大量の食べ物を買い込んで胃袋に詰め込み寝れば良くなる。だが今回はすでに帰宅済みだったことが災いした。


外に出るのが億劫だし、また、最近になって知った葛根湯の威力に頼り切ってしまったことも良くなかった。食後に一包飲み、半袖半ズボンでソファに横になっていた、夜の9時を回った時には、悪寒と関節の痛みが増幅し始め、眠るという選択肢以外が閉ざされていた。


こうなると風邪のヤロウやりたい放題である。夜9時にベッドに入ったはいいが、深夜2時には寒さで目を覚まし、そこから30分間隔で腰の痛みを誤魔化すための寝返りの度に目が覚めた。風邪のヤロウが私の弱った姿を嘲笑っているのがわかる。


朝になり、すっかり心は折れていたが、休むほどの熱ではなかったので、早退を視野に仕事に出かけた。途中、セブンイレブンに寄って、少しでもマシになればと風邪用の栄養ドリンクを購入したのだが、レジをしていたおじさんが発した言葉は、ありがとうより先に「お大事に」であった。


エキゾチックな水原希子似の女子大生バイトに言われたのではない。石田ゆり子似のパーフェクトなお姉さんに言われたわけでもない。どこからどう見ても平均的なおじさんに言われただけなのに、不覚にも涙がこぼれそうになったし、少し体調も良くなった気がした。体調不良で滅入った時に必要なのは、薬ではなく点滴でもなく、人の優しさであることは間違いあるまい。


たった5文字の気づかいにすっかり癒され、仕事も頑張れるはずだったが、午前中からグングンと上昇したので昼前に早退した。

雑記-英語で道を尋ねられる事は少なくない

ゴーストレートかターンライトもしくはレフト。あとはもしものためにメイビー、パードゥンもあればなお良しか。京都で最低限必要な英語と言えばはだいたいこんなものである。


最近では手ぶらで道を尋ねてくる外国人は少ない。だいたいは紙面なりスマホなりの地図を片手に聞いてくれる事が多いから、二つ目の信号をどうだとか、公園前のバス停をこうだとか、うまい棒チョコバットは同じシリーズではないとか、ジャパニーズオンリーで育った私のような人間にとって、ハイレベルな問答は必要ではなくなった。


方向を指差してゴーストレート アンド ターンレフトでザックリとした方角が伝わる。聞く方もあやふやな英語で、入っていいのか悪いのか、地元の人でも躊躇するくらいの信じられないほどに細く暗い道を案内されても困るだけだろう。地図があるから大体の方角を知らせてまた近くになったら誰かに聞くのが良い。


それが私の外国人に道を聞かれた時の対処法なのだが、英語に関してずっともやもやしていることがある。このもやもやは私の足りない脳みそが大きく影響しているのだが、それはイーストとウエストってどっちが西でどっちが東か分からなくなりませんか? ってこと。人に聞き辞書で調べてネットで調べてと、高校時代から数えるとゆうに100回は超えとるんではないかと思うほどに調べ直しているにもかかわらず、一向にどっちがどっちだか覚えられない。癖のある単語ではないし、割と使っていてもおかしくなく、日本語として用いられることも多い単語をおぼえられないのは、原因が読み方にあるように思えてならない。


単語のアルファベットの数は共に4字。奇しくもカタカナでも4字である。それも後半部分のストが同じとなると、前半部分の違いで区別する必要がある。重要な前半部分にもかかわらず、どちらも母音のみで形成された、イーとウエって、あまりに似過ぎちゃいませんかと、そう言いたいのです。しかも地図上のウエは北を指すし、もう覚えられる気がしないので本日はこれにて失礼します。


それでは。

雑記-メモの重要性 < 睡眠

昨晩、ベッドに入ってからしばらくスマホでいろんなブログを読み、眠気が来たのでスマホを置いて目をつむった。ぼんやりと夢と現実の狭間をゆらゆらと行ったり来たりするのを楽しみながら、このまま眠ると休みが終わってまた一週間かあ、2億円くらい降ってこないかなあとガキの頃から何一つ成長をみせない、毎週変わらぬ妄想をしている時に、ふと、本日分のネタを思い付いた。


眠る直前に考えたことは、起きるとほぼ忘れている。その時も相変わらず極楽と地獄の狭間でゆらりゆらりとしていたので、そのことをメモしないとまた忘れるぞという思いはあったのだが、時間も遅かったこともあり、今からスマホを開いて眩しさで脳が覚醒したら睡眠が不足するのではないかという懸念が、メモを諦めさせて、その代わり、絶対に朝に思い出してやるとそのネタを頭に焼き付けるように強く強くイメージし、何なら文章5行分くらいは頭の中で作成し、そのまま眠りについた。


それから1時間ほど経った時だろうか、ふと目が覚めた。辺りはまだまだ真っ暗闇。当然もう一度寝ようとするのだが、その前にさっき強くイメージしたネタがまだ頭の中にいるのかを確認。作成した文章までしっかりと残っていたので、これはもう一安心だわと深い眠りについた。次に起きたのが目覚ましで合わせた時間より少しだけ早い朝。ベッドの中でそういえばと昨晩のネタを頭の中で検索すると、何なく引き出すことができた。


これは大きな成長だぞとほくそ笑みながら、卵かけご飯にホタルイカの沖漬けを朝からのっけて豪快にかき込み、仕事に向かった。可もなく不可もなくな1日を終えて夜、さてあれを書いてやる、書き殴ってその後コーラ飲んでやるとパソコンに向かったはいいが、ここにきて全く思い出せないのである。あれだけ脳の皺に深く刻んだと思っていたのに、覚えていたことだけは覚えているし、2億だの休みが終わるだの、どうでも良いことばかりの記憶は辿れるのに、肝心の内容はまるで白紙。一体どうなっているのか。私の記憶する能力に何が起こっているのか。わかる人がいたらお願い、忘れないように文字に起こして教えてください。

雑記-占いで決まる1日

日差しは強いが日陰では風が涼しく気持ちのいい土曜の朝である。過ごしやすい季節は心のメモリーにセーブする暇がないほどあっと言う間に過ぎ去っていく。今日のような日もきっと年に何度もない。ならば洗濯も大事だし、買い物にもいい日だが、近所を散歩するのはいかがでしょうかと嫁に提案したところ、渋り気味だったので、休日は人が並ぶパン屋でニューバードとクリームパンを買ってやると言ったところ、あっさりオッケーが出た。どこか遠くへ出掛けたい気持ちもおるが、いつも通る近所の見慣れた道だからこそ、「いい天気」のありがたみを噛み締めることができるはず。


基本的に自身の中に神がいる思っているので無宗教、信じられるものを強いて言えばカレーと焼きそばではあるが、テレビでたった数秒ほどで1日の運勢を語られてしまう十二星座占いを何となく見てしまう。あれほど当たらない占いはないと思うが、何となくチェックするのが日課だ。今日の私は10位で嫁は最下位らしい。失礼な話である。なぜにこんなに気持ちのいい1日を最低クラスの運気と宣告されて過ごさねばならんのか、ねっとりとして粘り気のあるクレームを2ちゃんに書き込もうとしたが、いい天気が台無しになるので、それはやめておくことにして、そのまま散歩に出かけた。


途中、犬のフンを避けた拍子に壁に肩を打ち、またニューバードは既に売り切れというハプニングはあったものの、吸う空気が浄化されていくのではないかという時間を過ごせ、満足感を得たまま帰路につきかけた時、嫁がはっとした顔で、火とめてないかもと呟いた。そういえば朝から鍋で何やらグツグツやっていたなという映像が頭をよぎり、そらイカン。嫌な予感ほど当たるものと、二人息を切らして走って帰った。結果だけ言えば火はしっかりとめてあった。だが、家の鍵をかけ忘れていた。火をかけたのは嫁で、毎回鍵をかけるのは私。


これから気をつけようとお互いに強く誓った土曜日。そういえば今日の占いでは10位と12位であった。