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立ち聞きweblog

待ち合わせで相手が遅れてる時とか、何故か眠れない夜とか、通勤や通学の電車とかで流し読みして下さい。

修行と荒治療

いつもギリギリになって焦り出す性格はどうにかならぬものかと、毎年桜の季節が近づくとふと考えてしまう。生まれつき、育った環境がそうさせたなら、どこかで、それもできるだけ早いタイミングで根本を、根性を叩き直さねばならないと思うのである。根性を叩き直す方法を考えると、ふと思いつくのが修行である。


甘々でぬるま湯に浸かっていたいし、むしろ蜂蜜のぬるま湯があれば、ためらいなくそれーっと飛び込むタイプで、嫌なことは常に後回しにする私に合った修行は果たしてあるのだろうか。

 

滝行、護摩行は効果がありそうであるが、敷居が高く修行できる場所まで行く間に気が変わりそうだし、3日間の断食なんかは挑戦できそうだが、仕事に影響が出そうなのでパス。そうなると、座禅や写経となるのだろうが、これらも毎日続ける自信がないとなれば、もはや私ができる修行は皆無。そもそも軽い気持ちで修行するなんて口にするのは修行僧に失礼だと、言い訳ばかり出てくる時点でノーチャンスである。これは根性は治せんなと思っていたところ、修行にも似た苦痛を己に課すこととなった。


−−鼻うがい


私にとって荒治療に近い修行である。効くよ、いいよと背中押されて買ったまではいい。貧乏性も相俟ってこれだけは使い切るまで続けようと決意したのもいい。確かに効果があるような気はするのだが、えずきがひどいし思わず飲み込むこともあるしで、鼻に多量の水分を流し込むのは、鼻の仕組み上やっぱり間違っているのではという思いが日に日につのりつつも、毎日欠かさず鼻うがいの行を敢行中である。


鼻水の滝行を終えた頃には少しだけ大きく帰ってこれるように、たくさんの人に成長したねと言われることを目標に本日もなるべく痛くない石の上で眠るとします。それでは。