立ち聞きweblog

待ち合わせで相手が遅れてる時とか、何故か眠れない夜とか、通勤や通学の電車とかで流し読みして下さい。

雑記-京都市内の渋滞と悲劇

普段はあんまり運転しないからというのはただの言い訳で、本当は道を覚えるのはかなり苦手だ。地元石川にいた時には方向音痴と言われて仕方なかったけれど、ここ京都では、特に市内はご存知の通り、道が碁盤の目のようになっていて、東西南北が分かりやすいため、方向を失うということはわりかし少ないとは思う。


里帰りしてから高速で京都へ戻る際、毎回悩むのが、東インターで下りるのか、南インターで下りるのか、である。道によく迷う、ということは自覚しているから、基本はナビ通りに進むのだが、ナビは家から近い方の東インターではなく、遠い方の南インターを何故か毎回指し示すのが疑問ではあった。車で何度も行き帰りしていると、飽きもあり、多少アドリブを効かせたくなる。


東インターで下りてみようかしらん。


迷うことはあれど、帰れなくなることはまずないだろう。そんな軽い気持ちで、今回は東インターで下りた。途中、大きな坂道の下りで右車線左車線がYの字状に別れてしまうピンチを、免許を持たぬ嫁の、右車線が吉、というおみくじ的助言でなんとか切り抜けたはいいが、坂を下りたところの京都屈指の大通りでは、何百、何千という車が、我が車と同じく西向きに進路をとっている。正直言ってここまでは予想通りだ。この渋滞がどこまで続くのかある程度の予測もできる。もうあと、15分も耐えたら渋滞を抜け、そこから10分かからず我が家だ。ゴールを目前に意識し、ふっと気を抜いたのがいけなかったのか、急に私の腹部を鈍痛が襲った。時間にして5秒ほどだろうか。


「おっ?」とは思ったが多分なんとかなる。トイレがあれば入りたいが無ければ我慢できる。そのレベルの痛み。あと20分もすれば我が家だし、問題なかろう。気にせず車のアクセルを踏むが、数メートル進んだところでまた停車。停車するやいなやまた鈍痛。時間にして15秒ほどだろうか。


「おや?」と思ったが、呼吸を整えベルトを緩めて、なるべくお腹を圧迫しない体勢をとると、お腹の痛みが分散する。まだ焦る段階じゃあない。信号が青へと変わり、再びアクセルをゆっくりと踏むが、またすぐに赤信号。おそらくあと2つも信号を通過したなら、渋滞から抜け出せるはず。気を紛らわそうと空に浮かぶ雲に目をやった瞬間。ギリギリギリと音が聴こえそうなほど、軋んだように腹が痛み出した。


「アッ」次に脳裏に浮かんだ言葉はヘルプ、である。誰にかは分からぬがとにかくヘルプだ。かつて覚えのない痛みに、すでに余裕はなく予断を許さない状況なのだと把握する。家までもつのか…対等に渡り合えそうにもない大きな敵に心が折れかけた。嫁は匂いまでなら我慢するとか、コンビニ行けばええやん的なことを笑いながら言ってくるが、考えてみなさいと。


今にも溢れ出さんとしている状態で、もしも、立ち寄ったコンビニが客用トイレを持たぬなら、レジの前でアウト。もしも、一つかせいぜい二つしかないトイレに人が入っていたなら、雑誌コーナーの前でノックアウトである。このSNSが蔓延る世界でそんなことをしでかすと、ただでさえ低い私の社会的立場が地にめり込むほど落ちるだけでなく、コンビニ一社を潰しかねん事態を招くんですよと強く言わねばならんようだ。


仮にコンビニでやらかすとしましょう。すぐにツイッターとかで拡散されますわな。立ち読み中の人とか、大人なのに漏らしたなうw、とか画像付き動画付きで拡散されますわな。で、よく見りゃ車のナンバーが石川県なのにだれかが気付くんですね。そこから、石川県うんこ、石川県臭い、飛んで石川、とか言われるわけですよ。


松井秀喜道場六三郎ダンディ坂野と日本を代表する著名人を輩出した石川県ですけども、その県民性は大人しいのだ。ほら、大人しい人ほど怒ると手が付けられないってよく言うでしょ。そんだけ言われたら石川県民も黙っちゃおらんですよ。みんなで手と手を取り合って、コンビニ一社を締め出す方向になったらどうだろうか。新幹線も通り、毎年海外からの観光客も右肩上がりの金沢からコンビニ一社が撤退せざるを得なくなると、そりゃ売上激減でしょう。潰れるというのは大袈裟にしても、傾くくらいの打撃くらいは与えてしまいますよ、って話である。


そういう理由で簡単にコンビニに飛び込めないし、知らんお店に飛び込むのも同様の理由でリスクは高い。そもそも、直進だけで4〜5車線ある道路の右端を走っているとあらば、左に寄せることすら至難である。だとすれば家を目指すのが1番可能性は高い。助かる可能性が1番高いのだ。


家の手前数百メートルで右側から無理に割り込んでくる原チャとか、曲がりたい交差点付近で群がるチャリ軍団とか、まるで行く手を邪魔するかのように現れる人たちが、何故かこういう急いでいる時には現れるんですよね。で、普通はクラクションを鳴らしたり、車のヘッドをねじ込んで無理やり道をこじ開けたりするんでしょうね、平均的な人たちなら、ね。


できた人、それこそ松井秀喜さんなら、穏やかな表情のまま道を譲り、安全が確認できたところでゆっくり走り去るんだろう。実るほど頭を垂れる稲穂かな、ですよ。皆が皆松井秀喜さんのようにできた人なら世界が平和になる。それこそ私の見てみたい世界となる。


私もそれにならい、いついかなる時も心に余裕をテーマに生きている。


だから、クラクションは鳴らさず、無理に曲がろうとせず、道が空くのを待ちましたよ。安全確認をしていましたよ。 


どけよ、このハゲーーッと車内で叫びながら。


駐車場に着いてから車を降りたものの、家の鍵を車内に忘れたのを気づいて急いで戻るハプニングはあったけれど、結果だけを言うとギリッギリセーフ。あと2秒遅れていたらアウト。便座に腰掛けてからブツが出るまでの最短記録を更新したのはいいが、ズボンのベルトとホック、チャックを外しパンツごと下ろすのを少しでもまごついた時点で悲劇が起こっていたと考えたならゾッとする。何はともあれ、間に合ったということが全てである。


嗚呼、新鮮な背肝を炭火で炙って食べたい。