父のくるみ割り人形
くるみの1日は長い。朝の4時に起き、叔父夫婦が営むパン屋を手伝い、7時30分にはそのまま学校へ行き、ヨダレ垂らしながら机に突っ伏すでもなく真面目に授業を受け、帰宅部の彼は5時には家に着く。遊びに行くことよりも店の片付けを手伝い、ご飯を待つ間、宿題や予習、復習をまじめにこなし、ご飯を食べてから10時の就寝まで勉強や読書で過ごす毎日を送っている。
くるみは隠れてタバコを吸うようなことがなければ夜遊びもせず、人前で裸になることもなく、学生の見本のような生活をしているおかげで、成績は中の中、ど真ん中、平均的、極めて普通、である。二宮金次郎ほどではないが、勉強熱心なくるみに教師達も多いに期待はしたが、残念ながら彼に勉学の才は無さそうである。だがその代わりに強い信念を持っていた。
子は親の背中を見て育つもの。
くるみを小学校から育てているのは叔父である。本当の父との思い出はくるみが小学校に上がる前が一番新しい。
その人は酒を飲み、ギャンブルを打ち、女を買う、普通であれば破滅に追いやられる人生であったが、奇跡的にお金に困ったことはほとんどない。こと勝負事に関してはここぞという時に強運を発揮し、大きな借金を抱えるようなことは一切無いどころか、庭付きの家を建てた。もしかすると、ギャンブルの天才だったのかもしれない。
その日もいつものようにお昼過ぎに起きて来て、今日はうまいもん食べさせてやる。大人しく待ってな、と母に抱かれるくるみにそう言い放ち、勝負前に見せるギラついた目をしたまま家を出て行った。母も行ってらっしゃいと大人しく見届けたのは、先述した通りお金に困らなかったからである。
いつも通りであれば、日が暮れ、そのうちに月が夜空を照らす時、酒気を帯びた空気をまとい父が帰ってくるのだが、その日は帰らなかった。
朝帰りも珍しくはないが、次の朝にも父は姿を見せることはなく、そのまま帰ってくることはなかった。
父はくるみを叱ることはなかったし、厳しく躾けることもなかったが、たまに、人に迷惑はかけるな、そう語りかけた。どの口がそう言うのかと思うのだが、それでもくるみは父のその言葉を汚すまいと一生懸命なのである。続く。